小さな酒蔵未来経営研究会

近代の日本酒“明治時代から太平洋戦時中まで”

明治時代になると、政府の富国強兵策の下、酒税が重要な財源となり、日清、日露戦争の頃には、税収の30%を占めるようになっていました。政府は税収の安定化を図るため、日本酒の安定供給に資する技術開発のため国立醸造試験所を設立するなどして支援をしました。
大正時代には、米価の高騰に端を発する米騒動が起こり、庶民の間では米不足が続いていました。このような状況下で日本酒は、アルコールにさまざまな調味料や色素などを混合した「日本酒風」の混成酒が生まれたりしました。
昭和に入ると、様々な技術革新が進み、縦型精米機の発明により高精白が可能になるなど、日本酒の品質も更に向上していきました。太平洋戦争が始まる頃には、再び原料米の節約と日本酒の増産が課題になり、日本酒の原料にアルコールを添加する技術が確立し、アルコール添加法が普及しました。

現在重要文化財になっている国立醸造試験場の建物